渋草焼(しぶくさやき)とは
名称:渋草焼(shibukusa yaki)
国、産地:日本 岐阜県 高山市
何を作っているのか:高山市で焼かれる陶磁器。岐阜県郷土工芸品。
いつから:1841年渋草に官民共同の窯場を作ったのが始まり
現在:「有」2022年現在
渋草焼について
渋草焼(しぶくさやき)は岐阜県高山市で焼かれる陶磁器。
平成4年(1992年)3月30日に岐阜県郷土工芸品に指定された。
天保12年(1841年)に飛騨郡代豊田友直が新たな陶磁器を生産するために、渋草に官民共同の窯場を作ったのが始まりである。
開窯に際して、九州肥前唐津・尾張瀬戸・加賀九谷から陶工を招き、絵師は曽我竹山や周山富士造らを招いた。
原料には地元の渋草陶石を用い、「飛騨赤絵」「飛騨九谷」と呼ばれる独自の磁器を生み出した。
江戸幕府崩壊に伴い、陣屋の援助が打ち切られて衰退する。
明治11年(1878年)に三輪源次郎ら4人の率いる芳国舎が窯元を復活させた。
その作品は作家名ではなく芳国舎名義で発表され、パリ万国博覧会(銀賞)・日英博覧会(銅賞)をはじめ、多くの功績を残した。
今日では芳国舎と柳造窯の2か所で生産されている。
渋草焼 芳国舎(HOUKOKUSHA)
社名:株式会社芳国舎渋草製陶所
所在地:岐阜県高山市上二之町
創業:1841年
江戸末期から続いている「渋草焼 芳国舎」。(しぶくさやき ほうこくしゃ)
白磁に染付、赤絵を施した製品は華やかに見えますが、その裏側では職人たちの地道な努力と心がこもっています。
1つ1つ手造り、手描きで仕上げた渋草焼の陶磁器。
渋草焼 芳國舎 赤絵染付花文方皿12㎝
渋草焼 芳國舎 ざくろ長角皿 17.5㎝×10.5㎝
渋草柳造窯(Shibukusa Ryuzo)
渋草柳造窯(しぶくさりゅうぞうがま)は、現在では2窯のみが残る渋草焼の伝統ある窯元。
多くの窯元が特定の柄や作風を形式や様式として継承する中、「伝承は衰退、伝統は革新の連続」をモットーとして、各代ごとにアップデートしたものづくりをしている。
松山惣兵衛(二代目渋草柳造)が独立、開窯。
そして陶祖戸田柳造の意志を継ぎ、陶器と磁器の両方を兼ね備える日本でも類まれな窯として、今日の「渋草柳造窯」の礎を築く。
陶祖の開窯以来160余年、飛騨の土にこだわり、手業にこだわり、作陶。
渋草焼 酒器揃 柳三窯 徳利×2 猪口×5
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